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2007年3月 8日 (木)

CARE- WAVE AID 5

幸二郎さんの「手と手を繋げば~」の発言が、ラストの場だったか
カテコでのご挨拶だったか、ちょっと記憶が曖昧になってしまいましたが、
理念としては、とてもストレートに心に響いて賛同出来ても
現実としては、なかなか難しいかな・・・とも思ったりします。
何か、逆に、遠い紛争地域の人々のことなら思いやることが出来ても
身近な周囲の事となると困難、みたいな。

餓え、困窮している人々が少ないものを分け合っているのに
物質的に恵まれている社会で生活する者の方が、
他人を押しのけてでも自分は良い思いをしたいと、
汲汲たる日々を送っている現実。
口の端に歌どころか、他人の陰口、噂話。
(噂話って結構楽しかったりするから始末悪い(ーー;))
素晴らしいパフォーマンスや、含蓄ある言葉に深く共感する心と
利己的な行為を容認している裏側の自分と、
どう、みな折り合いをつけているのだろう。

CARE-WAVE AIDも、スタッフサイドのブログ等を垣間見させて
頂いたところでは、2年間の準備期間の間に、
やはり、様々な問題が持ち上がった様子。
多人数というのは力になるけれど、
多人数ゆえに苦労もあった事でしょう。
単純なところでは、スケジュールの調整など
そして、個々の想いの中から沸きあがる齟齬。
目指すものはひとつ(のはず)なのに…
(でも、ある意味、齟齬や衝突が起こる方が自然です…
人の心や想いはひと色ではないから)

カテコで、舞台上にひっぱり出された発起人の
鎌田真由美さん(粘って壇上に上がるのを辞退されて
いたけれど、ついには出演の子役たちに迎えに来られ)が
ご挨拶の中で、継続してやっていきたい、年に1度、いや2~3回は・・・
と仰ったところで、賛同というよりは、
「え~!!」という悲鳴に近い?出演スタッフからの
驚愕!?の声が上がったことからも
(年1回はとりあえず目指せても、さすがに2~3回は^_^;)
いかに、準備・実現が大変だったかが偲ばれます。
一年に一回、いや隔年でも三年に一度でも良いから
無理なく、特定の方に負担が偏ることなく、続けられると良いですね。
『無理』は絶対続かないし、不協和音の元になりかねません。

まず、主催する側が楽しめ、心穏やかに行えるイベントであり
来場者も、リラックスして参加できる、謳われていたように
【観劇しながら国際貢献】出来る会であると良いな、と思います。
収益との兼ね合いもあるでしょうけれど、
入場料をもう少し安くすれば、
より多くの層を集客出来るようにも思うのですが。

鎌田さんが、ずっと仰っていた「とにかくお金が無い」
もう、ずっと「お金が無い、お金が~」と繰り返されたので、
一部、出演者からは、もういいよ~みたいな感じの
苦笑が漏れていたけれど、これは、やっぱり一番大切なこと。
日本では、未だ(特に関東は、なのかな?)
お金のことを直接的に言うのはえげつない(という表現もナンですが)
イメージがある感じですが、どんなお金でも、ホント「お金」って
有り難いし、有益なものです。時には「気持ち」よりも役立つ。
この子の命を助けて下さいと祈る気持ちも、もちろん尊い。
でも、それより20円の現金で、ワクチンが一本買える、
それで、ひとりの子供の命が助かる。
100人の祈りの言葉より、
一人が泥の中に投げ出す10円硬貨二枚が命を救うこともある。
(これは、私の個人的な思想?ですが)

「お金無い(必要)」って衒いなく言える。
さすが、発起人!!と思いました~!!
理念も大切。でも、それと同等に(ある部分ではそれ以上に)大切な
でも、なかなか言い難い(と思われがちな)事、
現実的に、一番必要な(すでにマンパワーはある程度揃っていると
思われるので)ことを伝え、ご挨拶とされていましたね。
男前で格好良い~~!!もの凄く腑に落ちましたよ~!!

(突然、想い出しましたが、各団体の活動の説明の際、
1秒間に世界で、380万円←だったと思う、の国防費だか戦闘費が
使われている反面、4秒に一人、ワクチンがないために子供が
命を落としている、という説明は、メチャクチャ説得力がありました。)
(更に追記。世界には学校に行けない子供が数多くいる、と。
その理由を占める大きなもののひとつが
『学校へ行く年齢まで生きることが出来ない』でした・・・。
私は、「貧困」とか「親の無理解による強制労働」
と云ったような答えを予測していたので、
その根源的な理由に、愕然としました。)

継続されると良いな・・・とは思っているけれど
でも、万一、いろいろな事情で2回目がなかったとしても
それは、それで仕方ないと思う。挫折ということではなくね。
この1回が、開催されたことだけでも、良かったのではないかな。
「××でなければならない」
ということに囚われず、出来ることを出来る範囲で
そして、出来ないことは「出来なかった」と認める勇気を併せもって
柔軟に、やっていかれるといいのかな~なんて思っています。

スタッフ、出演者の皆さん、ホント、お疲れ様でした。
私は、今回のステージを観覧させて頂けて、
とても良かった、と思っております。

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コメント

しかし、長っ!>自分
どうして、一日の、ひとつのイベントのこと伝えるのに
こんな長いかね?・・・と思ったら、小学校1年の時から
他の子が1~2枚で収まるところ、
3枚も4枚も書いていたのだった@作文の時間
↑しかも自前挿絵入り(ーー;)

投稿 yaya | 2007年3月 8日 (木) 21時10分

連投失礼します。
発起人の方、気取りや見栄がなくていいですね。「足りないものは足りない!」って逆に真剣さが伝わります。昨年のノーベル賞受賞者だったでしょうか、ワンガリーマータイさんというアフリカの女性平和活動家が来日した際「もったいない」という日本の言葉をとても気に入り、これから訪れる先々で日本のものを惜しむ心(ひいては慈しむ心)を広げて行きたいという記事を読んだ事があります。10代20代にはそこそこ欲しい物は手に入って、消費するのがカッコイイみたいな青春時代をすごしてしまった世代としては「お金がない」とか「もったいない」なんていう事言いづらかったりしました(すでに過去。今は言います。気取ったってわかる人にはわかりますから~言い過ぎて逆にお金が逃げるからヤメロと言われます(笑))発起人の方はお金の価値を本当に知っている方なんだな、と。
>世界には学校に行けない子供が数多くいる
日本はほぼ100%の識字率と聞いたことがあります。方やアフリカなどでは3割もいってないと知って、自分の常識が当たり前じゃない、教育って本当大切なんだと痛感しました。
私が尊敬する方がこんな事を言われてます。「何のために学ぶのか。学ぶ機会を得られなかった人たちのために学ぶのだ」と。そして「それを忘れてはいけない」と。誰かの血のにじむような努力があって今の自分を作ってもらっているのなら、どんな形であれまた誰かに返していける自分でありたいなと思います。理想は美しく現実はキビシー!!(笑)
でも、無知は不幸の根源の一つだと思います。学ぶ機会がなければ物事を判断する聡明さを持てず、善悪の判断も危うくなる訳ですから。

>素晴らしいパフォーマンスや、含蓄ある言葉に深く共感する心と
利己的な行為を容認している裏側の自分と、どう、みな折り合いをつけているのだろう。
プラスとマイナスを行ったり来たりしながら、今できる事をやっていってるんじゃないでしょうか。マイナス噴出する方が多いのが悩ましいです(笑)両方持ってないと歩み寄れない気もするからどっちも必要なんでしょうね。マイナスが強いと不幸だ(涙)
どんな生き方をしたいのか、そこが1本通っていればマイナスも軌道修正できると思います。舞台に立たれている役者さんたちってそれがちゃんとあるように感じられます。岡さんにしてもカズさんにしても。バイタリティあってもう脱帽です(笑)

つらつらとなんだかエラソーなことを沢山書き込んでしまいました。すみません!

投稿 kino | 2007年3月 9日 (金) 23時09分

ざっと読ませていただきました。yayaさん文章長いですか?多分私に書かせたらもっとすさまじく長い文章が出来上がりますよ。自分の所だし全然良いのでは?とびっくりしました。私が昔から国語で点が取れなかった問題は「要約」です。でも私に言われてもうれしくないわな。

海外の人より隣の年寄り・・・は私も思ったことがあります。で、実際に行っている彼らも言われていると思います。ただ、色々な実態を目の前にして、確かに海外に出るのが全てではないけれど、出来る人が出来る事をすればいいんだろうな、と私も少しずつ達観出来るようになりました。相性とか絶対ありますもの。特に自分にとって一番身近な存在の親は本当に難しいです。大体私は年寄り、男性は本当にダメです。職場でお客相手に取っ組み合いの喧嘩になりそうになった事がある位です。(壮年男性相手に・・・一体どれだけ腕力に自信があるのよ、私)女性なら受け流せるんですけどね。

自分の目の前に置かれた仕事(金銭は関係なく)を丁寧に自分に正直にやっていく、これだけでも十分なんじゃないでしょうか。アンテナを伸ばしていれば、今回yayaさんがCARE-WAVE AIDに出会えたみたいに、機会は必要な時に降ってきますし。

>口の端に歌どころか、他人の陰口、噂話
これ、ね。本当に参るんですよ。無視もキツイけれど私は昨年10月(位でしたっけ?)以来完全には立ち直れていません。「あたしったら注目されてる?」と逆転の発想で怖さを振り払ってはいますけれど陰口をたたかれると言う事はそれなりに自分に至らない所があったせいでもあるのでね。でも怖がっていると何も出来なくなりますし、個人的なことを言えば、もうこれ以上人生逃げたくないんですよね。何事も「これが私だから」と自分を許して、人を裁かないという所からなのかな?と思っています。

くれぐれもお大事になさって下さいね。しかし観劇の後に熱が出る所は流石です。私は当日に熱が出るので・・・それでも行くんですけどね。

投稿 FURI | 2007年3月10日 (土) 06時50分

亀レスご容赦~

>kinoさん
「無知」ということについては、どの宗教でも凄く言ってますよね。まあ、これは「(それぞれの)神(の愛)について、無知であってはいけない」という主旨が強いとは想いますが。まず、知ること、知らせること。その意味だけでも、このイベントを行った意義はあると思います。あとは、もうちょっと集客出来ると良かったかな。
>岡さんにしてもカズさんにしても。
>バイタリティあってもう脱帽です。

もうね、表現者になる人は違います。私たちなんて(って一緒にしてスミマセン。ロムの皆さま)一人を惹き付けておくのも凄く大変なのに(大変でない方、捌くのが大変!って方もいらっしゃるかもしれませんが)何百、何千って聴衆・観客を魅了していくんですからね~。私なんて素直なので(どこがじゃ@オフ友のツッコミ)すぐ、感化されてしまいます。

>FURIさん
ほ~んと我ながら、観劇やイベントの前後をぬうように
元気になったり弱ったりしてます。

ここのところ、また急に寒いですね。
健康とお財布に優しい日々を送りたいものです。


投稿 yaya | 2007年3月13日 (火) 00時23分

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