« タイタニック観劇2回目―2 | トップページ | タナボタ企画HP »

2007年1月28日 (日)

タイタニック観劇2回目―3

コンプレイン多いんじゃない?(笑)>自分
って感じだけど、「気に入っている」というより
「気になる」舞台なのかもしれません。タイタニック。
(幸二郎さんについては、予想以上に出番も聴かせどころも多くて
また、好きな役者さんが出ている舞台を観る―というのは
無条件にその『動く彼(なり彼女)』を見詰めている時間が幸福!
ってところで満足なので、その点では、とても気に入っている
リピートしたい舞台です。)

1幕の船長、イズメイの要求に屈してなら、それなりの葛藤を、
或いは、それまでの経歴から絶対の自信があり
それがイズメイの要求であろうとなかろうと、
船の針路や速度を決定しているという、
絶対的なプライドを描いて欲しい感じ。
なんだか、前半のあたり、そこのところよく分かりません・・・
船長何を考え、どう判断しているのか。

そして、2幕は、史実のように、彼の部下と共に船の損傷を確認し
通信士や航海士たちに適切に指示を下し、自らも船客を誘導し
最後のボートを見送るまで、あらゆる手立て尽くし、と
出来うる限りの船長の義務を果たした(事が観客にも伝わり)
それから、あのボーイとのやりとりの場面となったなら・・・
なんか、イキナリ「諦観」みたいなところに行ってしまい
その境地に到達する前の段階が全然見えてこないので、
彼に、ほとんど同情出来ない。

先の記事に紹介したように、史実の船長は
デッキの人々の誘導や、ぎりぎりまで職責を果たそうとする
船員たちへの最後の指示(職務を解くという)を与えるまで動き回り、
そして、彼は彼自身の職務を解くことはなかった。
救命胴衣を着帯することもぜず。もちろん、舞台上でも
船長が救命胴衣を着けることはなかったけれど
その意味が表れてはいなかった。

イズメイも、被害を知らない航海士たちに状況を伝達したりと
ある程度、船員側と同じ立場に立っての行動も実際はあったようだけど
この舞台では、自分は船主であり、船員や乗客に対し責任を負っている
という態度は見られないでしょう?
船を見捨てない立場を取れば少しは見直すんだけど~
(って史実と変わってしまうか。)
ま、私の事だから、船に留まったとしても、君は当然だ~!
くらいにしか思わないかな(苦笑)

どんな優秀な人間でも、社会的地位があろうと
職業的に上位にいようとミスは犯すだろうし、ひとりの人間としては
愚かで弱い面も沢山持ち合わせているかもしれない。
(船長とか機長とかは、それらを克服してくれてないと困るけど)
でも、それに対する後悔や自省が見えなくて、
凄く彼らが小さく見えてしまうね。たぶん、人間として、
もっと豊かで大きな人たちだと想像するのだけど。
今でも、そうだと思うけれど、あの時代に、上級の教育を受けた人たちは、
深い教養、知性や理性、ジェントルマンシップを養われていただろうから。

『誰のせいだ』も最初はアリかもしれない。
でも、ふっとそれぞれが己の驕りや愚かさに気づいて、
命の限り、乗客と船のために働く(という意思を見せる)―
だったら、彼らを理解し受け入れられるのだけれど。
誰のせいだ?⇒自分のせいだ~!!とね。(MYシナリオ・笑)

「いつの時代にも」は、もっと歌い上げて欲しい。
というか歌い上げ系の人で聴きたかったな~。
自分の心や想いのリアリティの曲でなく、
象徴的で示唆的なものだから。
最後の少年からアンドリュースにタイタニックの模型が
渡されるところも、映像だったら、それこそ象徴的に
物語のエンディングに挿入する「場面」として
らしく処理することが出来たかもしれないけれど、
舞台の演出としてはちょっと厳しいね。

でも、シアターフォーラムの動画の松岡くんのコメントは
とても腑に落ちるもので、彼自身もこの役の描かれ方は
かなり難しいものであることをちゃんと理解していて
(演ってる本人が一番大変だと分かるのだろうけど)
彼の役の捕らえ方は間違ってはいないと感じた。
(口はばった言い方で↑恐縮ですが・・・)

このあたりが、ホント、“気になる”部分です。

そして、素直に共感出来るのが三等船客の皆さま。
それぞれ、様々な過去や厳しい現実があるのだろうけれど
悲壮感はなく、前向きで、高らかな明るい歌声に惹かれる。
ジムとケイトの即席のカップルも、なにか素敵だし。

にほんブログ村 演劇ブログへ

人気blogランキングへ

|

コメント

コメントを書く