Cat in the Red Boots
9月25日(月) マチネ 1階H列
公演概要はこちら
カズさん目的で花嫁~に行ったように、
音楽担当、岡崎司さんの仕事目的(笑)で観劇のCRB。
こういうこじんまりしたサイズの劇場で
芝居を観るということが殆どなかったので、まずそれが新鮮でした。
でも、何故に“新大久保”なの~!?という素朴な疑問(笑)
いきなり、んじゃ、ここ!!って建てたのですかねぇ。。。
歌舞伎座とか演舞場とか大劇場出身(笑)のワタシは、
この内輪的な劇空間が凄く新鮮です。
パルコとも違った、もっと、親密な感じの空間。
そして、駅からここまでの、都心なのに下町っぽい商店街を抜け
もくもくと歩き続ける人々は、ほとんど聖地に歩を進める
信者状態!?新感線って、ホント、とことんコアファン多いですよね。
開演前のグッズ販売(携帯ストラップ、芝居パンフ、新感線CD DVD関連)
にひっきりなしの長蛇の列。感服つかまつりました~!!
司さんの曲って、なにか、懐かしいような切ないようなフレーズが
投入されていて、ぐっと惹かれるものがありますね~。
金木犀がそこここで香るようになって、
このひんやりしてきた空気感や秋の気配が、
いつかどこかでこんなことがあった…と皮膚感覚の記憶として甦るように、
司さんの曲を聴いていると、ノスタルジアを感じる。
今回特に、寓話というか挿話的なストーリーで、
かつ、かなりネタ投入で笑えるところも多いのに、音楽のせいで(笑)
結構、しみじみしてしまう部分もありました。
観劇日、幕間にロビーにいらした司さんを発見!!
DVDの宣伝モニター、吉原御免状が流れていたので(未見)眺めていて
終わったので立ち去ろうとしたら、次がメタマクで更に真剣に見入ってしまい、
ふっと顔を上げたら、前方に司さんが!!『○$%★◇&!!』←私の心の声。
ー続くー
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コメント
お久しぶりです。そうですか、大劇場出身なんですね。大久保、新宿とか、あとは下北沢あたりは小劇場多いですよね。私は比較的小さい所でのお芝居の方が慣れているので(最後終わったら役者さんがロビーに出てきてくれる、位)逆に大きいところの物を見ると寂しくなってしまうんですよ。芝居は客席も含めてみんなで作るもんだ、という頭があるので浮いてしまうんですよね。少し偉そうかしら?ごめんなさいね。
小さくてもいい物はたくさんありますし、いい役者さんもびっくりするような所にいます。お芝居が純粋に好きなら小劇場はお勧めです。かく言う私も先週末恵比寿で観劇して盛り上がってきました。ただ私の場合はゲテモノ好きの毛があるのであまりお勧めが当てになりません…
投稿: FURI | 2006年9月28日 (木) 02時53分
>FURIさん おはようございます。
本日、お昼から出勤なので、午前中のんびりしてます。
そうですね~誤解を恐れずに云えば、
小劇場系の「分かる人だけ分かってくれればいい」
という自己完結っぽいところが、昔はいやだったんですね。
(観てないので、イメージで云って申し訳けないけれど)
ユーミンの名著(笑)に「ルージュの伝言」というのが
あるけれど、そこで彼女が言っていた、
メジャー的に売れてないミュージシャンが
自分の曲が売れないのは大衆に聴く耳がない、自分の曲は
個性的で独特だから、分かる人にしか分からないのだ~
(意訳)みたいな事は、結局、才能のないことへの
エクスキューズ、でしょ、と。(正確な文言じゃないけれど
だいたいこんなようなこと)
元々、別にマスなんて全然関係ないですから、
内輪でいいんです、ってことなら、それはそれで
ひとつのあり方だろうな~と思うけれど、
ホントは、メジャーになりたい、自分個人の名前も売れたい
(『有名芸能人』とやらになってみたい・笑)
注目されたい、と思っているのに、
他人の評価なんて気にしない、とかいいつつ
メチャクチャ気にしてる、っぽいところが、なんかこう
無理!!って感じで、足が向かなかった理由かな~。
歌舞伎オンリーだったころも、贔屓の役者さんの推薦で
花組とか、横内さん(スーパー歌舞伎の脚本家)の劇団とか
観るよう示唆(笑)はあったのだけど、行かなかったな~
(あ、でも、横内さんの扉座公演で、紀伊国屋ホールには
一度行ったけど、やっぱりダメでした。。。)
「僕の失われた青春」みたいなことを、
自己陶酔的にやっている人々はダメです。
私は、「普遍」(サイズ?の意味でも真理を希求する意味でも)
ということを結構求めるので。
現在療養中でいらっしゃいますが、
私が敬愛する市川猿之助さんのお芝居は
その辺のバランスが本当に素晴らしかったのです。
大衆的でありながら芸術的であり創造性があり
古典的(様式的)でありながら、斬新的で
(って語り出したら止まらん。。。)
歌舞伎がまったく集客出来なかった時代も
彼のお芝居だけは入ってましたね。
妬み嫉みから、一部の「伝統側(自称)」から
大衆に迎合したケレン芝居
と言われていたけれど
それはまさしく「売れないミュージシャンの論理」と同様。
わ~朝から長々語ってしまった(笑)
投稿: yaya | 2006年9月28日 (木) 10時03分
なるほど~。正統派な意見ですね。うちの母親が同じ事を言っていました。ユーミンみたいに時代を作っていける方もいらっしゃいますものね。ただ、後身を育てていくということを考えると、日本の大手商業演劇はとても弱いと思うんです。(歌舞伎はその点素晴らしいです)社会そのものも人を育てるのが苦手になってきていますよね。それに普遍=一発超ヒットでもないわけで、普遍というのは売れ続けなければいけないわけです。そして人が沢山入るものは、人に釣られて人が入るけれど、その人たちは果たして芝居をみているのか、映像では得られない物をしっかりキャッチして舞台に帰せているのか、というのはおおいに疑問が残ると思うんですよ。
小劇団で痛い人たちというのもわかります。駄作もかなりあるでしょう。でもそれは自分の感性に合わないだけの時もある、少なくともそういう時は純粋に芝居を見れて、客も含めて芝居を作れていたりもするんじゃないか(つっまんね~というフィードバックという形で)とも思うんです。客とのキャッチボールは会場が小さい方がやりやすいですしね。小さくてあんまり知られていなくても、結構実力派劇団というのもあってそういう人たちが大手の芝居を脇で固めてたりもするんですよ。
うわ~、多分二人で会ったら演劇論、音楽論炸裂ですね。
投稿: FURI | 2006年9月28日 (木) 22時54分
>FURIさん
レスありがとうございます。
ロムの皆さん、引かないでねぇ~!!
あ~でもない、こ~でもない、言ってみたいだけですから(笑)
(って、そーゆー人間がブログなんか開いてみるワケですね)
結局は、芝居だの観劇だの(芸術全般そうかもしれませんが)
最終的には「好悪」ですからね~
(って言ってしまうとそれで話が終わってしまうのだが)
私にとっての普遍は、
やっぱり「レ・ミゼラブル」の舞台だな~。
(と「ヤマトタケル」!!)
投稿: yaya | 2006年9月28日 (木) 23時56分